電子顕微鏡の心臓部である対物レンズは、長年に渡り多くの研究開発が行われたにも関わらず、原子分解能観察には数テスラもの高磁場環境が必要不可欠でした。しかし、2019年に東京大学・日本電子の共同開発により、従来の1万分の1以下となる極小磁場環境下での観察を実現する革新的な対物レンズを搭載した電子顕微鏡(MARS: Magnetic field free Atomic Resolution STEM)が開発されました。本講座では、MARSの継続的な装置開発、これまでに原子分解能での観察が不可能であった磁性材料・デバイスへの応用研究を行います。
走査透過型電子顕微鏡(STEM: Scanning Transmission Electron Microscopy)は、磁界レンズにより0.1nm以下まで収束した電子線を試料上で走査し、透過・回折波を利用し原子像を得ます。1枚の原子像(512×512ピクセル)を取得するためには、26万点もの位置からの計測が必要であるため、通常の顕微鏡では数秒から数十秒の時間を要します。しかし、実際の材料やデバイスが機能を発現する際には、原子スケールでの動的な挙動を明らかにすることが求められます。本講座では、これまでの静的観察から脱却し、原子のダイナミクスを捉えるための新たな高速電子顕微鏡法の開発を行います。
収差補正レンズに代表されるハードウェアの目覚ましい電子顕微鏡開発により、材料やデバイスにおける局所構造観察や組成分析を原子スケールで行うことが可能になりました。しかし、得られる情報は2次元に投影された原子配列であり、物質の究極的な理解には3次元の原子構造を明らかにする必要があります。本講座では、3次元構造を再生する手法の一つである深さ断層法の開発を行います。人体の立体構造が得られるCT断層法(CT: Computed Tomography)と似た技術ですが、原子分解能での3次元構造解析の実現には多くの課題が残されています。ハードウェアにおける技術革新と統計的・数値的解析手法の組み合わせにより、これまでは不可能であった原子レベルでの3次元構造解析手法を確立し、材料やデバイスの研究開発に貢献します。